関田 善弘(本名:鈴木 善弘)
- 地域力連携拠点事業専門家登録
- 全国商工会議所、商工会、中小企業中央会講師
- 全国村おこし特産品開発アドバイザー
- 地域活性化支援アドバイザー登録専門家
- 和食薬膳研究家
- 風土&フードアドバイザー
薬膳で、楽しく食べて、健やかな心と健のある生活のご提案。
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人間が健康な生活を営むためには、衣食住のなかで食生活が最も重要であると誰もが考えています。しかし、どのような食生活が健康によいのが即答できる方は少ないと思います。
私と「薬膳」の出会いは、28年前に遡ります。伊豆修善寺温泉を代表する老舗旅館の料理長に就任した時、世の中はバブル絶頂期、グルメブーム真っ盛りでした。連日、取材を受けながらこのようなおいしいだけの料理、単なるグルメだけの食事はいつか限界が来ると感じていました。もっと“健康”をテーマに“食”を掘り下げる必要があると思っていたときに出会ったのが故・難波恒雄教授(富山医科薬科大名誉教授、生薬学)でした。中国医薬学(中医薬)の理論に基づき、漢方生薬や薬効のある食べ物を配合して作る料理、そして「医食同源」という思想にも大変なショックを受けました。
日本料理を医食同源の発想で見つめなおしてみようと心に決め以後6年間、難波教授の下で中国薬膳を学びました。難波教授は、深い英知と洞察力でもって私にたくさんのアドバイスをくださいました。日本料理の伝統に薬効のある「黒米」や漢方薬などを使う「和食薬膳」は、「薬臭くてはいけない」「おいしくて美しくて初めて和食薬膳と言える」など、基本になる考え方から料理の作り方、料理人としての心構えまで本当にたくさんのことを教えていただきました。食べながらにして健康を維持、予防する「和食薬膳」を修善寺町の名物に成長させることができたのも難波教授のお蔭です。
国民の4人に1人が65歳以上になった今、健康で長生きしたいというのは、誰もの願いです。バランスのとれた料理をおいしくいただくことが病気を予防し、健康増進、長生きにつながることを、多くの人たちが深く認識しています。「和食薬膳」が皆さまの健やかな暮らしの一助となれば幸いと存じます。
生薬や身体によいとされる食材を使った薬膳を紹介するだけでなく、薬膳を日本料理に取り入れた「和食薬膳」の誕生や背景、料理技術、効用、さらには、「和食薬膳」による町おこしの苦労と盛り上がり、中国薬膳の旅で得た知識など、料理人の眼からみた“食”と“健康”、“地域振興”をあますところなくつづった渾身の一冊です。
1993(平成5)年、3回目の中国ひとり旅の目的の一つが北京郊外の小湯山温泉にある北京市健康回復センターに完成した国際薬膳博物館の記念式展に参列することでした。中国に旅立とうとするとき、決まって心に思うのは、自分の人生のことでした。この道に入って32年。いくつになっても料理の修業に始まりはあっても終わりはありません。ですから一つの「和食薬膳」が完成しても、立ち止まることは許されません。3度目の中国訪問は、料理人として、新たなる刺激と修善寺町の和食薬膳研究会を活性化させるための旅であり、一方では、薬事法、食管法の壁に阻まれ研究が思いように進まない悩みと問題を抱えての旅でもありました。
中国国際薬膳博物館にて
中国人にとっての食事は、健康を維持するため、病気を治すための一つの手段です。これらに起因するものは、食べ物はすべて薬としての効用を持っている「薬食帰一」という言葉が示すように、本質的に「医食同源」の思想が基本となっています。 日本料理では、到底考えられない「サソリ」「黒蟻」「ツバメの巣」などが料理に取り入れられ「冬虫夏草」「天麻」など、漢方薬そのものが薬膳の材料として使われています。こうした材料を使うことで腎臓の働きや血管の老化を防ぐことにつながっていきます。本場中国の薬膳に対する考え方や料理法は、和食薬膳の研究、開発を導く光りとなり続けたことは言うまでもありません。
和食薬膳の研究・開発は、まず「おいしく」「健康を維持できる料理」に徹することを信条としました。さらに高齢社会に寄与するという社会鉄器な責任を果たすべく重要な役割を担っていることを深く認識するとともに地域社会根ざし、地域の人々に親しまれる和食薬膳でなければならないと考えました。そういう意味で和食薬膳の料理人は、料理の専門家でありながら法律、経済、行政、福祉関係など、あらゆる分野の知識に精通していく必要があると思われます。
私は、人生の夢も、和食薬膳の定着も食文化の形成も、夢やビジョンによって導かれると考えています。これからも自分に与えられた夢を失わず、夢の実現を求めて歩んでいきたいと思っています。