ー和食薬膳の伸び代と可能性ー

垣根を越えた人の輪を力に広がった伊豆修善寺の町おこし<事例紹介>

おいしいからこそ愛され広まっていく

春の和食薬膳

今から28年前、飽食から健康指向へと大きく舵を切ろうとしていた頃、私は伊豆修善寺の老舗旅館の料理長に就任しました。時期を同じくして故灘波恒雄先生(富山医科薬科大学名誉教授)に出会い薬膳に目覚めました。難波先生は、中国医薬学(中医薬)の理論に基づき、漢方生薬や薬効のある食べ物を配合しながらも「薬臭くてはよろしくない。おいしくてはじめて“薬膳”となる」をモットーにされていました。以来私は、志を同じくする料理人仲間と研究と試食を重ねていたときからも今も、“食べておいしい”を和食薬膳の一番の条件としています。やはりおいしいからこそ、受け入れられ、愛され、広まっていくのだと思います。

和食薬膳を温泉街ぐるみの名物にしたい

和食薬膳を名物にしたいと本気で考えるようになったのは、平成2年夏に中国で開催された「中日薬膳親善交流会」がきっかけです。私は、全国の栄養士80人と共に参加しました。日本側代表として漢方薬の真珠粉、蓮の実などを配合したソバ、天ぷら、茶わん蒸しなどの「和食薬膳」を披露すると中国の方々に大変喜ばれました。季節感たっぷり、身体に優しく、しみじみとおいしい和食薬膳が秘めている可能性を感じた瞬間でした。帰国後、「高齢化社会」「健康指向」をキーワードに伊豆修善寺町ぐるみの名物にしたいと思うようになりました。

老舗旅館の役目として取り組んでくださった肝っ玉女将

私の途方もない夢をよく理解者してくださったのが、老舗旅館の女将さんでした。しかも、一旅館として取り組むのではなく修善寺町の魅力として全国に広めることこそ、老舗旅館の役目と考えてくださったのです。早速、食と薬は人間の身体の源という意味のことわざ「医食同源 薬食同源」と「食べておいしい」を軸に、修善寺町の各旅館の料理長と「和食薬膳研究会」を立ち上げ、本格的な研究開発をスタートさせました。

異業種間、行政、高齢者施設など広がる薬膳の輪

甘鯛薬膳味噌焼 木の芽 黒米松の実俵揚 紅麹柿真丈揚げ

同時に、自身の立ち位置は、あくまでも料理人としながらその一方で、生産農家さんと交流を深め薬膳に欠かせない「黒米」栽培を依頼したり、行政の方々にも和食薬膳の魅力を伝え特産品の開発などに参加させていただいたりもしました。顧問契約を結んだ灘波先生と精米製麺所の橋渡し役となり、薬膳そばの開発の後方支援なども行いながら異業種間での和食薬膳の輪を広げることに力を尽くしました。1ヘクタールの専用田で収穫した3,000キロの黒米を引き取るのは、もちろん「和食薬膳研究会」です。おはぎ、揚げ物、菓子、まんじゅうなどさまざまな料理に使いました。ほかにも黒米は、「やくぜん黒みそ」をはじめ「やくぜん黒パン」など様々な加工食品となって販売もされるようにもなりました。
ファンを広げようと地元の幼稚園に出かけていって和食薬膳をふるまったこともあります。小さい時に体験した料理人が作る一流の味は、子どもたちの小さい口と舌がしっかりと記憶します。利用者の皆さんの「元気で長生き」を願いながら高齢者の施設で試食会を開催したこともあります。滋味深い味わい、身体に負担をかけない和食薬膳は、介護食としての伸び代も持っています。利用者の皆さんに大変喜ばれたことは、言わずもがなです。
このように垣根を超えてコラボレーションを進めたことで、伊豆修善寺は「和食薬膳」のまちとして広く知られるようになりました。

和食薬膳は、裾野の広い地域おこしのコンテンツ

黒米など生薬

加速度的に進む少子高齢社会を生きる私たちの一番の願いは、健やかな暮らしです。和食薬膳は、そうした願いを受け止めるだけでなく、個人、行政、企業、生産者、それぞれの長所を持ち寄ることで様々なコラボレーションを可能にする裾野の広いコンテンツです。関わる人を笑顔にする和食薬膳を皆さんの住まいの地域おこしのヒントになれば幸いです。

■和食薬膳の一例

狩野川鮎冬虫夏草焼

中国四千年の歴史を持つ漢方薬は、三千種類あると言われ、さらに上薬、中薬、下薬の3種類に分類されます。薬膳に使われるものは、健康を維持する「上薬」です。これ以外は料理人が使用していけないものが多く、薬事法で厳しく規制されています。
私は、薬剤師と顧問契約を結び「献立」に使用する漢方薬の量、また漢方薬の入手法など細かい指導を受けながら現在のスタイルを作ってきました。

冬虫夏草 朝鮮人参3年物 金粉揚 はちみつ
~黒米を使ったメニュー~
黒米松の実俵揚

<「黒米松の実揚」/レシピ>
黒米は、通常の白米を炊く方法で炊く。松の実は、弱火でキツネ色にから煎りし、炊きあがった黒米と和えて小さな俵にして揚げる。黒米を使うときは、炊くのが基本。蒸しては使用できない。

~梅を使ったメニュー~

「梅」漢方薬を使用するということは、身体を温める作用を利用すること。そのために、最後のデザートなどで梅を使用することにより身体をクールダウンさせることも必要。

~朝鮮人参を使ったメニュー~

「朝鮮人参」強壮、強心、健胃、血圧降下、血糖低下など、多くの効能があると言われる朝鮮人参は、漢方の王様的存在。料理に使う場合は、2年~3年ものがよいとされています。揚げるのが難しく100度の温度で入れ、120度まで温度を上げて揚げる。それ以上になると人参のヒゲが取れ、苦みが増し食べにくくなってしまうので注意が必要。人参だけを使って揚げ物にする場合は「ハチミツ」を付けて供するとよい。ちなみに、ハチミツは解毒、痛み止めによいと言われ、あらゆる薬と調和するといわれている。

薬膳神農そば巻 椎茸冬虫夏草真丈 活伊勢海老薬膳正油仕立 薬膳八寸八品種 鳥骨鶏スープ仕立薬膳さびん蒸し 甘鯛紅花真丈巻山形菊流し 秋の薬膳八寸 白身魚紅葉盛り薬膳正油仕立 和食薬膳フルコース 全13品 春八寸